コーヒーブレイク③<退局から開業まで>

開業までのお話です。

①退局します!

大学病院は私には合いませんでした。医師になり、”人の最期を大事にする”ことをずっと大事にしてきました。それが軽視されてしまう環境で、無理だと思いました。しかし、人の最期を大事にしたいという思いは大学病院の仲間にも余り理解されませんでした。高度医療よりも地域医療をやろう!、自分のやりたいことは自分で見つけていこう!と思い、退局することにしました。教授は優しく受け入れてくれました。数年後、こんな私に学位をくださいました。感謝しています。

②訪問診療の日々

最初は知り合いが院長をしていた、港北メディカルクリニックで勤務しました。施設中心の訪問診療です。認知症の方が集まるグループホームに定期的に診察に行きます。言葉使いや態度を変えるだけで、患者さんが、最終的には施設の雰囲気そんものが大きく変化していくのが分かりました。薬の調整方法などの基本を教えてもらいました。

訪問診療は一時期非常に儲かりました。悪徳業者も多かったです。そこで診療報酬の改定が行われました。勤務していた医療機関も余裕が無くなり、退職することになります。

外来をやろうと思い、川崎幸クリニックに転職します。そこで院長杉山先生より、在宅医療への熱い思いを伝えられ、よし、在宅をもう一回頑張ろうとなり、訪問診療に従事しました。ケアマネと話し合い、色々な方の介護調整をしました。元気になる方もいれば、ご年齢からお亡くなりになる方もいます。良い経験をさせて頂きました。

そんな折、川崎幸病院が富士電機病院(現さいわい鶴見病院)を買い取りました。そこで、さいわい鶴見病院との関係性を作ってきてほしいとの命令がおり、鶴見での医療を開始します。病院を認知してもらうために、近隣の医療への挨拶回りにいきました。そこで鶴見の医療のために頑張りますと言いながら、川崎幸クリニックでも働くことに違和感を感じました。鶴見に拠点を移そうと思い、ハートクリニックに転職しました。

③開業へ

患者さんと一番長く付き合えるのはクリニックです。大きな病気になったら病院で、動けなくなったら訪問診療でと切り分けられていますが、クリニックなら子供からご高齢まで、数十年と長いお付き合いになります。そういう付き合いをしたい、そのためには外来のクリニックだなと思います。

訪問診療は、夜間の対応があるので、一人では出来ません。しかし、僕は医者を雇いたくない。何故なら、医者は変人だから。満足いくまで訪問診療をして(このときは雇われ医師として)、その後に外来をやろうと数年前から思っていました。その後、家庭の事情などが整い、開業に至りました。

開業をすると、家族に迷惑をかけます。自営業者になるので、本当に妻に迷惑をかけています。開業がうまくいくのか、それは家族の理解、協力が大事です。妻が生まれ育った町で開業することにしました。さらに、僕が川崎幸クリニックで勤務をしているときに、このエリアの方々の穏やかな性格が大好きだったのもあり、南加瀬で開業しようと決め、物件を探し、現在に至ります。

 どうでしたか?
愛する土地で、今まで経験したことを元に、満足のいく医療の提供を頑張ります。
これこらもお付き合い下さい。