最期を迎えるということ エピソード③

癌患者以外でもいくつかエピソードを記載します。

①罵声を浴びせ続ける認知症患者さん

 認知症で、幻覚・妄想の強い方がいました。目を覚ますと、色々なものが見えるようで、杖や傘を振り回します。その幻覚の影響で、食事摂取もせず、トイレにもいかず、何もできなくなりました。そこで訪問診療を開始しました。

認知症の周辺症状(中核症状は物忘れ、その周辺の症状)として妄想、幻覚があまりに強く、診察をさせてくれません。もちろん薬も飲んでくれません。

そこで、ペットボトルに水と向精神薬のリスパダール(幻覚を消す効果があります)を入れ、目が覚めたら水を飲んでもらう。しばらくのむとリスパダールの効果で寝始めます。時間がたつと目を覚まします。それを繰り返すことにしました。この方法だと、薬を飲んでいることを自覚せず、また過量にもなりません。

これに加えて、認知症の貼り薬を背中に貼りました。リバスタッチという薬ですが、食欲改善効果もあります。

この二つの治療を開始したら、急におとなしい患者さんになり、食事をし始め、おむつ交換もできるようになりました

 しばらくして、一段階認知機能が落ちたなと思う日がありました。それを境に、食事摂取をしなくなり、眠ることが増えました。御経過を考え、このまま見守ることにして、穏やかに家でお亡くなりになりました。

②介護調整を嫌がる家族

 胆のう炎で入院加療後に食事摂取ができず、訪問診療を開始しました。

長期入院に伴う抑うつ状態と考え、抗うつ薬を開始し、頻回の診療を開始しました。徐々に気分が持ち上がっていきました。車いすで外出できるまで元気になりました。そろそろデイサービスを利用しようとなり、調整をしました。デイサービスは慣れるまで疲れます。デイに行き、その後の数日間を眠ってしまい、また元気になりました。デイサービスをさらに増やして体力をつけようと思った矢先、御家族からもう良いと。疲れて帰ってくる姿がかわいそうだから辞めたいとのご希望がありました

辞めた後、抑うつ的になり、食事摂取をしなくなりました。

その後、意識障害。おそらく脳梗塞を起こしたと思われます。穏やかなので、家で看取りましょうと説明しましたが、苦しそうだと救急車を呼んでしまい、搬送先で心肺蘇生までされて、最終的には亡くなりました。家族と沢山お話をして、思いを共有していたと思っていました。主介護者は、遠方に住む娘さん(住み込みで面倒を見ていました)。同居している息子さんが、デイをやめたり、救急搬送をしたり。診察中は殆どお会いしたことは無く、息子さんは在宅していても部屋に引きこもってしまうので、説明ができていませんでした。主介護者は、日々の生活をみているので、弱ってきた、元気になったと理解できますが、あまり介護していない方はパニックになってしまいますご家族の中で意思統一できていないと、患者さんが不幸になります。

③認知症で食事をしなくなった方

  肺炎で入院をしました。肺炎が改善し、食事を再開しようとしましたが、食べてくれません。病院で肺炎治療をする際には”絶食”にします。食事をすることでさらに肺炎になる可能性を下げていくためです。肺炎治療は約1週間で改善しますが、その1週間で食事をすることを忘れてしまうとされます。その方も食べ方や食べることを忘れてしまった印象でした。退院後1~2週間でお看取りと思われていました。この時に訪問診療を開始しています。

お嬢様の介護への思いが非常に強いこと、家に帰ってきたら患者さんが笑顔になったことから、しばらく点滴をしてみようとなりました。点滴をし始めたら、食事をするようになりました。その後、週に2回点滴をしました。そうして約1年間元気に過ごしました。1年後に、食欲が低下し始め、穏やかに眠るように亡くなりました。

④黄疸を認めた認知症患者さん

100歳前後の方。認知症は軽度のみで、ほぼ自立できていました。

黄疸が出て、おそらく胆管癌であろうと、訪問診療の依頼がありました。

黄疸が出ていることへの自覚症状はなく、また鏡を見ないので、黄疸に気づいていない様子。

ぎりぎりまで日常生活を営もう、おそらく黄疸が進み眠ってしまうので、穏やかに最期をお見送りしようと、ご家族と話し合いました。

それから約2カ月後に、眠るように亡くなりました。最期、少しだけ不穏になってしまいましたが、ぎりぎりまでデイサービスに行き、尊厳のある生き方をなさっていたとのこと。

※家で点滴をする場合のことを記載します。

点滴は、末梢血管といって、腕や足に走っている血管内にチューブを留置し、点滴をすることが多いです。点滴を入れる血管を探すという行為が。医療者にも患者さんにも強い負担を強います。そこで、皮下点滴という方法があります。胸やおなかや足など、皮膚の下にチューブを留置して点滴をします。点滴の効果は変わりません。ただ、皮下が腫れあがり(点滴が漏れて腫れたような感じ)、その後自然に吸収するので、違和感を訴える方がいます。また、抗生剤などを混ぜると、皮下組織にダメージが及ぶ可能性があるので、基本は水分点滴のみが実施できます。

認知症や脳梗塞などの疾患は、ゆっくりと病状が進行します。先の予想ができないと言われます。また進行には精神面、肉体面、家庭環境などが複雑に絡み合っています

多くの患者さんは、介護調整や精神ケア、薬の調整、家族ケアなどで、持ち上がります。持ち上がっている期間は人それぞれで、数週の方もいれば、数年の方もいます。

僕が現在訪問診療をしている方々は、もう5年くらいの長期にわたって訪問している患者さんたちです。この方々も、訪問診療開始時は、どん底。このままなら死んでしまうと思うところから調整をして、5年近く楽しく長生きしています。このように、きちんと対応をすれば、必ず持ち上がります。しかし、何とか平衡を保っている状態なので、僅かな緩み(介護調整をしない、薬調整をやらない、精神ケアをしない)で簡単に崩れ、そうなると死へ急速に進んでいきます

しっかり対応すれば、ある一定期間は持ち上がりますが、持ち上げるには介護調整、家族調整、精神ケアが重要。つまり、患者さん本人、家族、ケアマネと、穏やかに話ができ、しっかりと導く主治医と話をしないといけません。「もう年だから仕方ないよ」という言葉も良く聞きますが、自分だったらどう思いますか?仕方がないと内心分かっていても、いやですよね。一時でも凄く良い状態に持ち上げてもらい、そこを維持できなくなった時、それはあ~仕方がないなと受け入れることができるかもしれません。この持ち上げるためのコミュニケーションは、訪問診療にとって重要です。なお、癌の方も同様に持ち上がります。ただ持ち上がる期間が2週間~2か月とやや短いですが、ほぼ持ち上がります。コミュニケーションの重要性は、病気が何であっても、訪問診療の基本ですね。皆さんのかかりつけの先生と、コミュニケーションは取れていますか??